私は地理というか住所とか、自分にゆかりのある場所の記憶はすごくあって、住んだことがなくても住所がすらすら言えてしまう。そして気に入った場所や、大好きな人がいる場所なんかも、記憶の中に同じように記憶されていきます。

そんな目に焼き付いてる映像として残ってる場所の記憶について書いてみます。

 

東京・深川

自分の故郷ってどこだろ?って思えば、間違いなく東京下町。
いまだにサ行がうまく発音できない下町訛りがある。

性格的にも「情に厚くお節介焼きの姉御肌」っていうと、ものすごく納得してもらえる。

40年くらい前の東京の話しても誰もわかってもらえないよね。
こち亀とか、(みたことないけど)ALWAYS 三丁目の夕日と変わらないんじゃないかと思うわ。

川や橋の名前を覚えると迷子にならないというのが、深川での常識だったね。
だから今でも橋の写真みてすぐ名前がわかったりするもん。

 

山形県山形市

私の母親の実家が山形。

おじいさんの代までは、蔵王駅前のとても大きな屋敷の商家だった。
私の記憶でも敷地に戸建てが3つくらいあったのよね。
お正月に庭先でお餅つきして、あんこ・きなこ・ずんだ・納豆など、豆系の餅ばかり。
ここが私の甘党の原点だろうね。

母と仲のいいおじさん(分家)は蔵王成沢で大きな会社をやっていて、大きすぎる庭に猟犬として飼ってるダルメシアンが3匹放し飼いになってたw
本来なら父が早くに他界しているので、親せき付き合いとしては明らかに母方の山形なんだろうけども、分家のおじさんが他界してからは、まったく行かなくなってしまった。

 

福島県田村郡小野町

私の父親の実家で、小野小町出生と言われる小野町は、今では、りかちゃんキャッスルのある場所といえばわかりやすいのかな?

15年前まで私の父のお墓が福島にあったので、実は山形よりもずっと多く行っていて、私の中での故郷の原風景はこちらの方のイメージ。小野町は中通りになるんだけど、親戚は浜通りに多く住んでる。

父の実家をイメージする時に、DASH村が一番近いイメージ。

山形よりも規模がでかくて、平屋で村の集会が出来るような母屋、お蚕さんを飼うための家、お風呂だけの家、トイレだけの小屋、そのほかにも分家の家や羊小屋もあったのよ。もちろん周りは大きな田んぼがあって、母子家庭になった我が家にいつもお米を送ってくれたのは福島の実家だった。

夏休みに木造の磐越東線に乗って遊びに行き、従兄弟たちと夏井川でヤマメやイワナを手づかみで取って遊んだ思い出。それが私の故郷という原風景になってて、ああいう星が落ちてきそうな夜空のある場所に住みたいってずっと思ってた。

 

千葉県千葉市

まあそんな田舎に住みたい願望は小学生のころから。

「東京もんだから、そっだらこというだ」などと言われても、都会の便利な生活もできるけど、実はなんにもない大自然の生活もできるたくましさももってる。

なので、高校生の時は工業団地の荒れた土地を開墾して、1haくらいひとりで野菜作ってたし。大工仕事も得意だし、電機系以外のことなら、たいてい自分でできるので、仕事がなければもっともっと田舎に引きこもりたいと思ってる。(わりとTOKIOっぽいな)

そんな半端な気持ちで住んでる妥協点が今のこの場所なんだと思うわ。でも千葉というか房総は好きよ。もっと温泉が豊富ならいいと思うくらいで。

 

その他の場所

北海道・札幌
やはり聖地。
山形・蔵王温泉
一番大好きな温泉。
山形・かみのやま温泉
隠居するならここという可能性が非常に高い場所。
栃木県・奥鬼怒温泉郷
小学生の頃何度か連れて行かれました。けど車でいろは坂は死ぬからトラウマ。
埼玉県・さいたま市
実は親戚が結構いる。
東京・新橋
飲み屋とかそういうのではなく、いろいろな思い出がある重い場所。
神奈川県・湘南
10代のころにマリンスポーツにあけくれた場所。
愛知県名古屋市
ここで人生のターニングポイントがあったと言っても過言ではない。決してスタバで8時間耐久マシンガントークの場所ではない。
大阪府・大阪市
私の師匠のいる場所
愛媛県・松山市
道後温泉は硫黄泉好きの私がめずらしく気に入った単純泉。源泉の温度が高い。
福岡県・宗像市
先祖をたどるとここに行きつくそうです。
沖縄県・八重山
いい思い出「も」たくさんあります。