信長さんが好んだ敦盛の一節。(引用:敦盛 (幸若舞) – Wikipedia

思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ

みなさんの50年は一体どのように夢幻のように過ぎていくのでしょう。
私も来年は50年です。
信長さんならそろそろ本能寺の変が来てもおかしくない年頃の隊長です。

 

愛媛にアパート借りて住んでいて、ふと気がついた

「いつ死んでもいいように、人に迷惑をかけない生活をしなければ」と。

飛行機乗ってもアイツどれに乗ってたんだ?ってわかってもらえないと何かあった時に困るとかいつもそんなことばかり考えて旅をしていますよ。一人暮らしをしてても愛媛や四国の人たちにお世話になりっぱなし。

一人の女性として親から自立し子供を自立させ、あと残されたことといったら、自分が静かに引いていくこと。

まだ母親を看取るということもありますけど、なんだか私の方が先に逝っちゃう気がしてね。

 

Facebookも終活の一環

私の公開プロフィールちゃんと見たことある人います?


どんな逆境にあっても決して悟られる事なく生きて行くのが信条。
そして、facebookは、子供たちに残す母の生きた記録のつもりです。なので無駄にいろいろ書いています。

一昨年の夏から去年の春まで、相当ヤバかったけど、ほとんどの人にはSNSでわからないくらい明るく振舞ってたはず。そうやって相当苦しいことも楽しすぎて頭吹っ飛びそうになっても、あんまりわからないテンションで生きていくのが習慣になってます。けど、その時の気持ちはみんなFacebookにこそこそ書いて、あとで家族に振り返ってもらえたらなと。

実はこのブログもある人のために一生懸命書いてるんだけど、どんな人なのかもわからないと思うんだな。

 

 

心の断捨離は四国で

お遍路をひとりでしていて、ネットから離れていろんなことを考えました。

空の境地ってなんだろ?
煩悩ってなんだろ?
自分の欲とは?

ある日すっといろんなものが腑に落ちて、心が軽くなったら何も怖いものがなくなったのね。

もうすでに一人分の一生は生きた。
自分の欲はほぼ満たされている。

だからこれからはおまけ分を楽しく生きようってね。

お遍路したからできたんじゃない。青い空を白い雲をずっと見てて考える時間があったから。

今でも散歩と称して2時間くらい歩くことでいろんなものリセットしてる。

 

自宅の断捨離も始めましたよ。

実は今、すくーるのサイトの再構築と共に自宅の断捨離計画のために、しばらく千葉に引きこもっています。

もう夫婦と老猫だけの生活。たまに帰ってくる子供らのためにいらんもん捨てて部屋広くしとかないとね。

 

 

今日死んでもいいんだ。

もう一生生きたって悟れちゃったら強いね。毎日が終活。
あとは最小限誰かに迷惑をかけない終わり方だけ。

「もっともっと楽しく最後まで前進しつづける」のが、母親として子供に残してやれる最後の教えだと思うので、最後の日までフルスロットルですけどね(笑)

私の人生のおまけ時間ってあとどのくらいなんだろーw